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2013.06.18 Tuesday

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2013.06.18 Tuesday

追憶 1

ヤホーのアカウントがチャイニーズに半ばのっとられたみたいなので、
このたびパソコンのアドレスを数年ぶりに変えることにしたのですが、
そういえば、昔「メールアドレス」というものに憧れていたなぁと突然思い出しました。


あれはわたしが中学生だったころ、
わたしは携帯電話を与えられなかった側の人間でした。

携帯電話の普及が進み、こどもにも携帯電話が与えられるようになってきたころの話です。


わたしはダンスを習いにいっていたのですが、
周りのおともだちはみんな携帯電話を手にしている。

自分なりにデコレーションをしたり、ストラップをジャラジャラつけたり、

あのころストラップをつける場所なんてゲームボーイアドバンスくらいだったわたしには、それが憧れで仕方がなかった。

近所のイズミヤの携帯電話売り場で携帯を持っている自分をよく妄想していたものです。。


次に憧れだったのが「メールアドレス」

それぞれのお気に召すままに文字や数字を羅列して、それらに飽きれば好きなときに変更したりする、
それってすごくイケてんじゃ〜〜〜〜ん、と思っていたのです、過去のわたしは。


携帯電話こそ持っていませんでしたが、パソコンには昔から親しみがあった、
ならば、パソコンでメールアドレスを作ってしまおう!!と行動に移したのです。

それこそ、このたび乗っ取られてしまったヤホーでアドレスを作成して、
そのアドレスが飽きたら変更。

夢が叶った!!!と思ったことでしょう、当時のわたしは。

飽き性は今も昔も変わりませんが、
結構な頻度で変更していた覚えがあるので、みなさんはさぞ迷惑被っていたことでしょう。


そして憧れは次のステップへと。


それは「ドット」「ハイフン」への憧れ。


ヤホーはアンダーバー(_)しか使用できなかったのです。
しかしながら、携帯電話をお持ちのおともだちは、ドットやハイフンも駆使していたのです!!!!!!!

これは放っておけない!!!!!


ヤホー以外のメールサービスをくまなくチェックし、
たどりついたとあるメールサービスで即メールアドレスを作成、そしてアドレス変更メールを送信。

当時のやまだは「ドット」や「ハイフン」にまみれたメールアドレスを目の前にして、恍惚感にひたっていたことでしょう。。。



今となっては、当たり前に携帯電話・スマートフォンを手にしているわけですが、
あのときの憧れは忘れてはいけない気がします。

それはみんな同じ。
昔憧れたもの、きっとあるはずです。

お医者さん、幼稚園の先生、メールアドレス、、、

そういった気持ちをたまに思い出して、新しいことに身を乗り出してみると
きっと光り輝く日々が待っていることでしょう。


おやすみなさい。
2013.02.26 Tuesday

フットワークは軽くあるべき。

理由はひとつ。


「時間」


時間というのは、1日24時間というように非常に限られているもの。
さらに人間というものには「死」がつきもの。

今、隣にいるひとがいつまでそこにいてくれるかはわからない。
明日の朝になったら、ポックリいってるかも。
自分だってそう。
寝て起きて、呼吸をできる保証なんて我々にはない。
そんなことを思ったら、あらゆる物事を渋っている場合ではない。


だからフットワークの重いやつは好きじゃない。
というか、なにゆえに重くいるのかがわからない。


しょーもない人間にだけはなりたくない。



っておもった

ので、ひさしぶりに更新しました。


2012.09.21 Friday

物申したくなってきた

最近は、なんやら教育現場の問題がニュースでよく取り上げられてますが、

なんちゅーか言えることは、

無責任な大人が多すぎる。大杉蓮。

そんなん大人ちゃう。ただのガキ。会見見とりゃすぐわかる。

"不慮の事故"とかシャレでも言うな。

名誉欲しがるとこだけは大人びてるよな。



なんのために校長なったんや

そんなようけ金がもらえるんか





いじめるやつは、もちろんクズ。

それを擁護するかのように隠ぺいしよる上の人間はもっとクズ





教育という現場に立っているのなら、

"我"だけでは絶対まかり通らへんはず





ほんまに頭が湧いちゃってる大人がおおすぎれんですね
2012.07.02 Monday

つれづれjuly

ふと昔のアルバム引き出してひとりで見てみたのん


そんだら
うちが生まれるまえの写真があって
時が刻まれてた


元気だったころのばあちゃんとか、
今はたくさん家が立ってしまった岐阜の家の近所とか。
いつのまにか生まれたての自分も写っていた
まだ岡山に住んでたころ


今はほとんどが変わってしまった。
ばあちゃんは何年も入院してもう飯が食べれなくなった。
自分も歳を少しずつ経て21年生になる。生意気になったもんです。


写真の中の姉ちゃんおかあさんおとうさんはすごく笑ってた
今も笑うけどそれとは違う
なんで違うかは諸説あるでしょう。

ひっこしたり、ひっこしたり、
姉ちゃんが結婚したり、子供ができたり

時代は確実にデジタル化されているし、混沌としてる


なんかすごく悲しくなって
でもそれが現実なので、逆らうことはできないわけで、
そう思うとその残酷さに目から汁が出て止まらなくなった


悲観しても仕方ないのに
どうして過去にすがってしまうのかしら
みんな悲劇のヒロインだ


それにしても、
おとうさんは良い写真を撮ってたなあ、、


みんなみんなありがとう


脳内chaosなのでここらでドロン
2012.06.10 Sunday

写真とくらし その2

カメラを買ってから、
写真というものにどっぷり浸かってます。

そんで、最近本屋さんで買った写真集↓



今現在の京都の姿を見てるからこそ、
この写真集は胸にズーーンと響きました。

ドーナツ化現象とかそういう類の物を真っ正面から突きつけられたかんじでつ。

今や呑み屋街である木屋町や先斗町にもかつては小さな子供たちがたくさんいて、そこで大人と触れ合いたくさんのことを学んでいたのだと思います。

遊ぶ場所は外で自分でつくったり、
最近のちびっこはせんのかいね


すっごくおセンチな気分になっちまいました。てへぺろ


そんでさらにね、
わたしの近頃の愛読書↓


このひとはほんとすごいとおもた。
なんていうか、見破られてる感、?
まぁ勝手な話やけども。
荒木経惟先生の感性、作品のほとんどに共感


淋しさや切なさがないと写真じゃない、んだと。
いい写真には絶対に淋しさや切なさが共存しているらしい。

納得しすぎた。


ふと、思えば、昔はでっかいアルバムに家での写真とかファイリングしてたのに、最近してない

デジタルなんよね、何事も、現在は。



写真から学ぶこと、感じることってわりとたくさんあって驚いてる。


そんな今日この頃でありんす。
2012.05.23 Wednesday

写真とくらし

わたしずっと写真というものが好きだったけれど、
どこか苦手なところがありました。

なぜかというと、
どんなに楽しそうな集合写真であっても、
どこか悲しさを感じるからでありました。


だから、カメラ買おうと思ってはやめ、思ってはやめ
を、何回も繰り返していたのですが、
とある機会で、買うことにしましたのです。



それを手に、ひとりでこないだ東京行ってきたなり。












人の一生の中でずーっと一定の感情なんてわけはなく、
喜・怒・哀・楽が交互にやってきたり、混沌とした状態でやってきたりするわけで
そういうのはどーにかして覚えとかないといけんと思ったのでありんす。

それの手段のひとつが写真だと思うのでありんす。



東京は主に高円寺・下北沢・浅草など下町をぷらぷらしたり、
竹久夢二美術館からのセザンヌ展と、アートにタッチしてみたり、
すごく充実!

またしばらくしたら東京ゆきまする。

2012.05.07 Monday

つれづれづれづれ

ここ何カ月か、
ずーーーーーっとモヤモヤしとることが、
まぁいろいろあって、
まぁいまだにモヤってるものもあるのですがぁ(笑)(汗)(泣)、





新しいことがしたい!

殻に閉じこもりすぎたかおる!



チャラくたっていいじゃない
ギャル子ギャル男でもいいじゃない

、怖いけど。わらい


ヲタクだって、影キャラだって、いいじゃない!


たくさんの人と出会いたいし、
たくさんの人と話したいぜ




自分の価値観のみで、
ひとの悪口言ったりやら批判したりすんのは
絶対やらない


去る者は、追わない。
ちょっとばかり悲しいけど。


過去ばっかり振りかえらない
たまには振りかえってもよし!




最近しばしば思うけど、
ほーんとにいつ死ぬかわからんからね。

明日死ぬかも。それでもいい。

死ぬのが怖いと思うのは、
死ぬってことがどんなことかわからんから


でもそれが人間なのれす。生き物なのれす。



眠くなってきたからこのへんでぐっばい。

つれづれ。

2012.03.08 Thursday

草間彌生展



行った。


もう、衝撃的

もちろん、よい意味


歌には言葉やメロディーがあり、
ダンスには言葉はないけれど、体を使った表現がある
文学には文字がある


絵、アートっちゅーのは、
そこに言葉もなければ、ダンスのような表現もないわけで、


なかなか凄いことだと改めて感じました。


作品をひとつずつじっくりと見ていると、
絵の具のムラや滲みなどが更にその作品を引き立てていて、
どんどん引き込まれていた不思議さ


特に草間彌生氏の作品は、
ありのままを作品に写した絵画、スカルプチュア


まさに天才だと思いました。


会場限定の作品集も買ってしもた!

すばらしかった。


愛はとこしえ







2012.01.25 Wednesday

大きく切ない

昨日、学校から帰るバスで
浅野いにお先生の「世界の終わりと夜明け前」という作品を読み直していて、
そこでふと思ったこと。


うちにはふたりの姉がいて、
その双方がこどもを授かっていて
彼らとなんでもないふつうな生活を送っている。


だけど、それってすごい幸せなことなんだと気づかされたのです。


こどもが産めないひとだっている。
誤解を恐れずに言うと、それっていままで他人事だと思ってた。
だけど、もしかしたら自分だってそうなるかもしれない。
そうなってしまった場合、
そのとき隣にいてくれているひとはどう思うのか。


男女間におけるこどもの存在意義とかっていうのは
人それぞれだと思うけども、
わたしはやはりそのふたりの"象徴"だと思うわけで、
そういう考えのなかで、
わたしはこどもが産めません、
ってなったらやっぱり破綻してしまうのかなぁ


とか考えてる間もバスの窓の外では
親子が自転車漕いでたりするわけで。


だから、女性は身体を大切にしなきゃいけんのやな、
って気づかされた次第なんです。


後で後悔するのは自分。


大切なもの・ひとは自分で守らんといけん。



てなわけで、かなり久々に更新しました。
2011.09.22 Thursday

世界の中心で我をさけぶ

にんげんはみんな自分のことがすきなのだ。


いろんな性格のひとがいる、
明るい・暗い、
積極的・消極的、
サバサバ・しつこい、
一途・浮気者

エトセトラ・・・



後者はパッと見、ネガティブにとられがちだけども、
誰がそれらをダメだ、マイナスだ、と決めたんだろう。

だから馬鹿にされる筋合いもない。
罵倒される、批判される筋合いもない。


結局みんな、我 で生きてるのだね。


無理する必要はない。

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